昨今、パキシルなどのSSRI(セロトニン選択的再取り込み阻害剤)による賦活症候群(activation syndrome)が社会的な注目を集めています。SSRIの使用により自殺などの衝動行為の危険性が増したり、攻撃性が増強する症例が報告されるようになり、これらの薬剤の添付文書にも注意事項として記載されるようになりました。
今までもSSRIに限らず抗うつ薬の使用後に気分の高揚、不眠、活動性亢進、不安焦燥、攻撃性や衝動性の亢進などが見られることがあり、抗うつ薬の副作用の一つとして知られていました。過去には抗うつ薬による躁転(躁状態への変転)と言われていましたが、躁状態に至らないまでも、不眠や攻撃性亢進が見られる状態も含めて、賦活症候群と総称するようになりました。
このような事例が増えた背景には、抗うつ薬がうつ病だけでなく、抑うつ神経症(気分変調症)、パニック障害、適応障害など抑うつ症状を有する症例に広く使用されるようになったことが影響していると思われます。
最近の統計では、境界性人格など人格障害傾向を合併する一群で賦活が起き易いという報告もありますが、月経前緊張症候群(PMS)などの月経周期に伴う気分変調や、過食などの食行動異常が従来から見られる若年女性において有意に賦活が見られる、という臨床的な印象を私は抱いています。
賦活された状態になると衝動性のコントロールが不良となり、対人関係や社会生活上の様々な問題が生じて、病状も不安定になるため、あたかも人格障害のような行動異常が目立つようになることがあります。これは元来の性格傾向が賦活効果で修飾され、性格特徴の一部が強調されているのではないかと考えられます。
一般に賦活は副作用として見られていますが、効果が過剰に出過ぎたという観点に立てば、ごく少量の抗うつ薬を気分調整剤(mood stabilizer)などと共に使用して、気分の安定を得ることも可能だと考えられます。
従来、気分調整剤としてはlithium carbonate,sodium valproate,carbamazepineなどが併用されてきましたが、妊産婦への投与禁忌などもあり、使用が難しい症例もありました。最近は妊産婦への投与が可能なrisperidone,aripiprazole,quetiapine fumarate, clozapineなどの非定型抗精神病薬を気分調整剤として使用することで治療効果も得られています。
当院では典型的なうつ病だけでなく、様々なタイプの双極性感情障害の症例で治療実績を積み重ねています。