現実には双極性障害 I 型、 II 型の診断を満たさない様々な気分障害の病像(非定型病像)があります。双極スペクトラム障害はsoft bipolarity(緩やかな双極性)という観点により、潜在的に双極性の要素をもつ気分障害から、明らかな双極性感情障害までを連続的なスペクトラムとして捉えようとする概念です。1980年代から一部で提唱されてきた疾患概念ですが、いまだ確定されたものとは言えません。気分障害のカテゴリー診断を曖昧にさせて、過剰診断を導きやすい、という批判もある一方、病態が把握しやすく、治療法の選択に役立つという意味で有用性があるのも確かです。
A 少なくとも1回以上の大うつ病エピソード
B 自発性の(薬物によって誘発されない)軽躁ないし躁病エピソードがない
C 以下のうち1つおよびDのうち少なくとも2つ、あるいは以下の2つとDの1つを満たす
1.一親等に双極性感情障害の家族歴
2.抗うつ剤誘発性の躁病ないし軽躁病
D Cの基準を満たさない場合は以下の9項目のうち6つを満たすこと
1.発揚性人格
2.再発性の大うつ病エピソード(3回以上)
3.短期大うつ病エピソード(平均3ヵ月以下)
4.非定型的抑うつ症状
5.精神病性の大うつ病エピソード
6.大うつ病エピソードの早期発症(25歳以下)
7.産後うつ病
8.抗うつ剤の効果の消退(急性期における)
9.3種類以上の抗うつ剤による治療に反応しない
臨床上、問題となるのは潜在的に双極性の要素をもつ気分障害の抑うつ状態に対して、抗うつ剤を使用した場合に起こる精神・行動の異常です。このようなケースに抗うつ剤を使用すると、衝動性、易怒性が強まり、自傷、自殺などの衝動行為がひどくなったり、躁転による性的逸脱行為、浪費などの問題行動を助長することがあります。行動異常のため、境界性パーソナリティ障害と誤診される場合もあります。したがって、抗うつ剤のみの使用は避け、気分調整剤(抗てんかん薬、非定型抗精神病薬)を主体とする治療を行う必要があります。また、抑うつ症状が不安・焦燥が主体か、意欲・集中力低下が主体かによって、薬剤の選択も異なってきます。
社会不安障害、パニック障害、過食症、解離障害などに伴う抑うつ状態は、抗うつ剤が有効な場合が多く、気分の改善にともない本来の神経症の症状も改善することがあります。また、これらの神経症の治療経過をみてゆく中で、うつ病、躁うつ病に発展するケースもあります。したがって、これらの病気の一部では気分障害と類似した生物学的異常もあるのではないかと考えられています。
抑うつ状態と躁状態を交互に繰り返すのが躁うつ病です。躁状態では、数日間から数週間は持続する気分高揚、気力と活動性の亢進、心身の好調感、多弁、注意散漫、睡眠欲求の減少などの症状が見られます。
躁状態はごく軽度で短期間の場合もあれば、思考や行動が支離滅裂になり入院治療を要する場合もあり、様々な程度を示します。ごく軽度だと躁状態だと自覚できないこともあり、他人から指摘されて初めて分かることもしばしばです。気分変動のパターンにより、双極性障害 I 型(一定期間の抑うつ状態と躁状態を交互に反復するもの)および II 型(抑うつ状態を反復し、ごく軽度で短期間の軽躁状態が各うつ病相の間に挿間するもの)に分類されていますが、これらに当てはまらない類型もあります。
双極性感情障害は抗うつ剤で躁転しやすく、躁鬱の変動が頻繁になる急速交代型(ラピッド・サイクラー rapid cycler)に移行する危険性も高いため、特に I 型では抗うつ剤の使用を最小限に抑えながら、主に気分調整剤(リチウム、抗てんかん薬、非定型抗精神病薬)を使用する治療が主流です。双極性感情障害は躁鬱混合状態での自殺率が高いと言われており、適切な治療の有無が予後を左右すると言えます。但し、抑うつ症状が著しい時期には、短期的に抗うつ剤を使用することもやむを得ない場合があります。